Tokyo Marry Letter

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私のアイデンティティだった「作曲」。

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私は作曲家です。(実績見てね!)

・・と言っても、「そんなのなれるわけないじゃんねえ?」

とずっと言われてきました。

 

20歳の頃、「エレクトーン講師じゃなくて作曲家になる!」

と言い出してから。

 

今日はその頃の話。

 

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音楽をやってきた経緯みたいなことを書きたくなった理由は、

 

友人の深海さんが、「自分の関心は作曲にある。しかない。」

と、ブログに書いていて、胸を打たれたこと。

shinkai6501.hatenablog.com

 

私も、私の関心は作曲にしかありませんでした、ずっと。

 

 

ともかくエレクトーンが下手だった。

エレクトーンを習い始めたのは3、4歳。

ちびっこの時から習っていました。

グループレッスンを受けていて、

その中5人の中でも、とりわけ私が一番下手でした。笑^^;

もう、練習は本当に嫌で嫌で。

毎レッスン恥をかきに行ってたくらい。

なぜか辞めさせてもらえなくて、いやいや通っていました。

 

でも、中学に入った頃あたりから、

アレンジの才覚みたいなものは

少しずつ伸びてきたんです。

大好きなゲーム音楽とか、例えばファイナルファンタジーの曲を

真似てみるとか。

 

発表会では、私がアレンジした曲も

グループで演奏するようになりました。

大人になってゆくにつれて、そして得意になっていくにつれて

エレクトーンや音楽を好きになって行きました。

 

進路をエレクトーン講師に決める

高校3年になり進路を選ぶ際、先生のアドバイスから

エレクトーンを学べる専門学校に行くことに。

「エレクトーン講師になろう!」

と将来のことを決めてしまいましたが、

今思えば決めるの早すぎじゃね?と諭したくなります。笑

 

そしてヤマハ音楽院というところへ通いだしました。

高校になる頃には、大会で賞を取るなど

「上達した!」と思える結果もついてきていて、

多少自分の腕に自信もありました。

 

でも、音楽院に通うにつれ培った自信は失われ、

ともかく「私って、下手なんだ」と思わされる日々。

もともと練習も苦手なので、

練習して周りを追い越す!なんていう強さも

ありませんでした。

 

卒業を前にした時、作曲をやろうと思う

へたっぴだった私が唯一自信を持てた分野が

「作曲」でした。

とはいえ、作曲すらも学校の中ではあまり評価されて

いなかったかもしれません。

でも、「みかちゃんといえば、こういう曲を書く」

みたいな認識は、講師からも生徒からもちゃんとあった。

私には、それがすごく嬉しかったんです。

 

そして、作曲なら、勉強することで上達していけそうだし、

パソコンを使えば演奏が下手でも再現することができる!

と思い、DTMスクールに通い始めます。

(DTMとは、デスクトップミュージックの略で、要するに作曲ツール)

 

そのスクールは、こちら。

25年のレシピが人気「作曲編曲DTMに強い1200名が学ぶMusician's Airport」 v3.624

ミュージシャンズエアポートというところ。

 

先生は本当に力がありました。

私の作曲のモチベーションを上げてくれ続けたのは、

この学校のおかげ。

 

卒業してからも、

バイトをしながらこのスクールに通い、勉強を続けます。

 

約2年間、修行僧のような生活

修行僧と言ったら大げさでしょうか。笑

でも、父が亡くなるまでの2年間、

本当に作曲のことしか考えず、ひたすら勉強

をしていました。

友達と遊びに行くとか、記憶の中にありません。

「早く、作曲家になりたい!」

と思った私は、毎日毎日

パソコンの前に座り曲を書き続けてました。

 

スクールに行くのはいつも楽しみ。

好きな勉強ができて、ちゃんと成長を実感できる日々は

私にとってこれ以上なく幸せでした。

 

このころの夢がようやく叶うのに時間はかかりましたが、

私はちゃんと夢を叶えました。

仕事を得るための行動などは、別の記事に書こうと思います。

mika-ishii.hatenablog.com

 

何かをアイデンティティにしすぎない

作曲を仕事にするまで、そして作曲を続ける中で、とにかく「作曲」って

私のアイデンティティだった。

「作曲=私」と言っても過言でなはないほどに、

私にとって作曲が全てでした。

 

「それしかない!」「私には作曲しかない!」

「私には作曲があるから!」

そんな感じ。

 

私を支えてくれるものだったのは間違いないけど、

ちょっと危うかった気もします。

作曲がなくなったら私なんて無価値。

そんな風に思うのって絶対、オカシイ。

 

 

でも、結婚して気持ちが落ち着いてくると、

そのアイデンティティは少しずつ溶けてきてくれた。

アニメの曲を書けた時に、

「あー、ここまでこれたんだ」と思えて、

作曲への執着心のようなものは

薄らいできました。

 

これからも作曲の仕事は続けていきますが、

「作曲=人生」ではない。

もっと一人の女性としての生き方を、

今後は追求していきたいなと思っています。

 

何かに懸ける思いというのは強く

たくましいものを感じるけど、

「自分はこうだ!!」

と思い込み過ぎるのは、逆に辛さも増していく

そんな風に思います。

 

生き方は自由

 

何をしてても

どうあっても

わたしはわたし。

 

あなたはあなた。

 

「自分自身をそのまま肯定する」っていうことが

本当の自信を作っていくこと

なんじゃないかなって思います。

 

 いつの頃からか、

「作曲をしなくちゃ!」というような呪縛にかかってました。笑

でも、もっと肩の力を抜いていい。

どう生きてもいい。

生きていられれば、その生き方はなんでもいい。

そう思います。

そして、幸せを感じられれば最高です。

 

音楽は聴かない日はありません。

作曲も、もっとしたくなったら

また勉強も始めるかもしれません。

もっと、ピアノが弾きたくなるかも。

 

さいごに

 

この曲は、記憶の中だと一番、魂込めた楽曲です!

よかったら聴いてみてください^^

 

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